シナリオは三案を

 あまり大きな声で言えないが、その昔手伝っていた陣営が、相手候補の女性関係を明確化するために、探偵を使って女性宅を張り込ませることになった。張り込みは三日もしないうちに見事にヒットした。夜の八時頃、敵候補は探偵が待機する独身女性宅に入り込んだ。こんな見事に網に引っ掛かることはそう無いだろうが、事前情報が確実だった結果だ。そんな時、映像と写真は不可欠で、百万の言葉以上にそれらはモノを言う‥はずだった。
 辺りは暗いが照明を使うわけにはいかない。探偵がヘッポコだったのか、機材がお粗末だったのか、映像は何がなんだか分からなかった。穿った見方をすれば候補者と相手女性と言えなくはないが、とても証拠素材と言える代物ではない。誰もいなくなってから、近づいてドアのアップを撮り、表札を記録したが結局役に立たなかった。
 写真はまだマシだった。二人の表情までは分かりにくいが、人物を特定できるくらいは鮮明だった。結局こちらを使用したのだが、ドアを開けて玄関口で話しているだけのように見えた。写真そのものは決定打とは言えず、「忘れ物を届けに来た」なんて言い訳でも通用しそうだった。女性宅を訪ねた日時等の事実はあるが、やはりインパクトに欠けた写真の効用は薄かった。選挙は僅差で負けた。
 後で考えたが、あらかじめ報道の腕章をカメラマンと助手が付けておいて、部屋から出てくる瞬間に突撃取材をさせれば良かったのだ。「二時間半もここの女性宅にいたわけですが、どういったご用件だったんですか?何をしていたんですか?」その場合は単なるカメラマン助手では役に立たず、レポーター役も必要になってくるが。
 アタフタする二人のアップと言い訳にもならぬ怒声、困惑の表情だけで、十分役に立つ素材を作成できた。計画が稚拙でお粗末だった。かけた人手と経費だけが飛んでいってしまった。
 乗るかそるかの作戦を短期間の戦いで遂行する場合は〝失敗してもともと〟ではなく、失敗した場合の第二第三の展開までシナリオに入れて遂行していくべきだなと、若かりし頃の私は勉強した選挙だった。

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