sample2 | PROJECT WITH 《プロジェクトウィズ》 渡辺 強
 サンプル(2)  選挙事務所は失敗する

 基本的には選挙事務所は失敗するものだ。
 大きな選挙であればある程、選挙事務所は失敗の連続、過ちの毎日だ。例えば知事選、政令指定都市の首長選なんか、その典型的な例である。告示前の後援会事務所の段階から、失敗が目に見えている。

 候補者の個人的人脈の関係で、たまに政治評論家とかマスコミ・言論人などが過剰に選挙事務所に介入する事がある。そんな場合失敗はますます加速され、度合いは日ごとに深まっていく。ある日その言論人は「俺が言った通りにやらないから、支持が広がっていかないんだ。こんなんじゃダメだ。人材があまりにいない」などと言って、無責任にもいつの間にかいなくなってしまう。
 彼らの認識不足の第一は「自分の思う通りに、選挙事務所の戦略は遂行されていく。作業は進行していく」と思っている事だ。そんな素晴らしい事、ありえるはずがないではないか。プロは選挙事務所内の性善説はハナから信じない。

 よく考えてみよう。大体同じ業種、同じ会社の中だって「あいつのやり方は良くない」だとか「どうも部長の今の方針じゃ、売上げが伸びる訳がない」だとか「専務のアンテナが低いんだよ、アンテナが」だとか、居酒屋のグダを越えた不満や不足、失敗や停滞があるではないか。
 それが選挙事務所となると、どこの誰とも知らない人たちが互いの性格を知る事もなく、職業や年代や性別もバラバラで、事務仕事その他をこなしていかねばならない。しかも会社と違って、仕事ができないから無能だからといって命令、左遷、馘首を簡単に実行できない。

 選挙を手伝う方は、基本的に「手伝ってやっている」と思っている。友達に頼まれて嫌々事務所を訪ねた人も、自主的に意義があると思って事務所に来た学生も、会社の指示でやって来た課長も、金を貰っているわけではないし、貴重な時間を割いて来ているのが現実だ。こんな所に来るより、本を読んだり映画に行った方が良かったかもしれない。いや、実際大変申し訳ない事に手伝って頂いているのは候補者ならよく分かる。
 うまくいくと思う方がどうかしている。それが何とかやっていけるのは、投票日という終決日、つまり締め切りがはっきりしているのと、当選というただ一つの目標・目的が明確だからである。
 日々直面する失敗をどのように処理していくか、そして負をどのようにプラスに転換し票に結びつけるのかこそ、参謀の本当の手腕なのである。

 首長選では、支持政党の議員団、支援団体、支援企業などから、選挙事務所に人がごそっと入ってくる事がある。彼らが選挙事務所を主導して運動していくと、所詮それ以上に支持は広がらない。ゆえに草の根、元からの応援者たち〜後援会が主導して事務所を切り盛りし、支援団体などがヘルプする形式を取る事が多い。これが失敗したり、成功したり様々なのだ。私は両方とも、数多く体験している。

 議員団や支援団体、支援企業は、後援会事務局のする事為す事がもどかしい。もっと手際よくスピーディにやってほしいと思い、あれやこれや口を出す。その程度ならまだ有り難いが、度を越えて今度は足を引っ張り始める。議員団や団体、企業サイドの思惑も大きく絡んだりして事態はますますややこしくなってくる。
 一昔前はもっとすごかった。オール与党推薦候補対共産候補、なんて知事選が良くあったが、大きなプレハブが立ち並ぶ選挙事務所の中で、自民党選対部屋、社会党選対部屋、公明党選対部屋なんかに分かれているのだ。うまくいく訳がない。そこまでスケールは大きくないが、今も昔もやっている本質はそう変わってはいない。似たようなモンだ。

 ある知事選だった。始めから負け戦の度合いが強かった。
 議員団がかき回し始めた。今やっている知事選は二の次三の次となり、翌年に行われる自分たちの選挙目的の票集めと、個人スポンサー人脈探しが目的の個人プレーが、あちこちで勝手に行われた。こうなるともう手がつけられない。

 私が良く言う事に「入り口を間違えてはいけない」というのがある。自分の中ではある種、選挙格言の一つだ。
 選挙では方針、やり方等のスタートが非常に重要であって、ここは間違えてはいけないといったキモを、始めから候補者や参謀が認識できるかどうかが、直接的に大きく当落に関わってくる。
 選挙は柔軟に行っていくべきだ。日々状況だって変化するだろう。しかし「ここは確実に守っていこうな」といったいくつかの柱を、候補者自身が認識して、参謀が貫徹していけるか〜当落の分かれ目だ。

 その一つが、「この母集団には何を期待して、具体的に何をお願いするのか」だと思う。全体戦略を練ってほしいのか、母集団の票の取りまとめを頼むのか、事務局運営を補佐してほしいのか、金を出してほしいのか。
 候補者とは弱い者であって、力がありそうな者には、あれもこれも頼みたくなる。それ事態それ程間違ってはいないかもしれないが、あいまいな依頼を
して野放しにしていると、候補者の知らない所でとんでもない事態に発展し、最早矯正しがたい状況になっている事だって少なくないのだ。
 「あなたにはこれをお願いしたい」対個人にはお願いが明確にできる候補者も、議員団、支援団体、支援企業など集団に対して、明確にしないまま進んでいく候補者は、結構多いようだ。
 ここで入り口を間違えなければ、比較的陣営は一体化して進んでいく事ができる。

 話は変わるが、選挙事務所は面白い方がいい。楽しい方がいい。そして一つ一つの作業にも大きな役割があると分かって、毎日の作業にも目標や張り合いがある方がいいに決まっている。選挙のお手伝いをする立場になって考えてみれば、誰だって分かるだろう。彼らの感じる楽しさを、票に変換するのも参謀の力量だ。
 昔は選挙鬼オヤジみたいな軍曹が奥に陣取っていて、怖くて誰も近づけないなんて事務所が多かったが、それで良かった時代はとうに終わっている。
 ある首長選挙で、毎日200件程の戸別訪問を自主的に行っていたボランティアのオバさんが、痛めた足をさすりながら当選の瞬間「それにしても、おもろかったなあ」とつぶやいた一言が、ひどく生々しく記憶に残っている


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